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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

そうした上部丈けの甘言に乗って、ウカ/\と夫人の掌上などに、止まっている中には、あの象牙骨の華奢な扇子か何かで、ビシャリと一打にされるのが、当然の帰結であるかも知れないと信一郎は思った。

「でも、今日は帰らせていたゞきたいと思います。又改めて伺いたいと思いますから。」

信一郎は、可なり強くなって、キッパリと云った。

夫人も、遉にそれ以上は、勧めなかった。

「あらそう。何うしてもお帰りになるのじゃ仕方がありませんわ。やっぱり、妾の心持が、貴君にはよく分らないのですね。じゃ、左様なら。」

夫人は、淡々として、そう云い切ると、グルリと身体を廻らして、客間の方へ歩き出した。

夫人から引き止められている内は、それを振切って行く勇気があった。が、こうあっさりと軽く突き放されると、信一郎は何だか、拍子抜けがして淋しかった。

夫人と別れてしまうことに依って、異常な絢爛な人生の悦楽を、味う機会が、永久に失われてしまうようにも思われた。自分の人生に、明けかゝった冒険の曙が、またそのまゝ夜の方へ、逆戻りしたようにも思われた。

が、危険な華やかな毒草の美しさよりも、慎しい、しおらしい花の美しさが、今彼の心の裡によみがえった。