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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
』
信一郎は、青木淳の弟と語っている軍服姿の男を見たときに、それが手記の中の村上大尉であることに、もう何の疑もなかった。もし、それが、村上海軍大尉であるとしたならば、青木淳と大尉との双方に、同じ白金の時計を与えて、『これは、妾の貴君に対する愛の印として、貴君に差し上げますのよ。本当は、かけ替のない秘蔵の品物ですけれど。』と、云いながら二人を翻弄し去った女性が、果して何人であるかが、信一郎にはもうハッキリと分ってしまった。
『汝妖婦よ!』
彼は心の中で再びそう声高く、叫ばずにはいられなかった。
が、信一郎の心を、もっと痛めたことは、兄が恐ろしく美しい蜘蛛の糸に操られて、悲惨な横死を――形は奇禍であるが、心は自殺を――遂げたと云うことを夢にも知らないで、その肉親の弟が、又同じ蜘蛛の網に、ウカ/\とかゝりそうになっていることだった。いや恐らくかゝっているのかも知れない。いや、兄と同じように、もう白金の時計を貰っているのかも知れない。あゝして、話している中に、相手の海軍大尉の腕時計に、気が付くのかも知れない。兄の血と同じ血を持っている筈の弟は、それを見て兄と同じように激昂する。