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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

信一郎は、夫人の白々しい態度に、心の底まで、憎みと憤怒とで、煮え立っていた。

「いや、此度はお預けするのではないのです。いや、最初から此の時計は貴女にお預けすべきでなくお返ししなければならぬ時計だったのです。時計の元の持主として、貴女に受取っていたゞくのです。貴女は、此の品物を当然受取るべきお心覚えがあるでしょう。ないとは、まさか仰しゃれないでしょう。」

信一郎も、女性に対する凡ての遠慮を捨てゝいた。二人は男女の性別を超えて、格闘者として、相対していた。

信一郎に、そう云い切られると、夫人は暫らく黙っていた。白い瓢の種のような綺麗な歯で、下唇を二三度噛んだがやがて気を換えたように、

「それでは、貴君は此時計の元の持主を、妾だと仰しゃるのですか。」

「そうです。それを確信してもよい理由があるのです。」信一郎は凜としてそう云い放った。

「おやそう!」夫人は事もなげに応けながら、「貴君が、そうお考えになりたければ、そうお考えになっても、別に差支はございませんよ。それでは、この時計もお受取りして置こうじゃありませんか。どうせ一度は、お預かりした品物ですもの。」