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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

新しく兄を失った青木と云う青年が、彼女が青山墓地で見たその人であることに、もう何の疑も残っていなかった。

美奈子の心は、嵐の下の海のように乱れ立った。かの青年と、少くとも向う一箇月間一緒に暮すと云うことが、彼女の心を、取り乱させるのに十分だった。それは嬉しいことだった。が、それは同時に怖しいことだった。それは、楽しいことだった。が、それは同時に烈しい不安を伴った。

美奈子の心の大きな動揺を、夢にも知らない瑠璃子夫人は、その真白な腕首に喰い入っている時計を、チラリと見ながら独言のように呟いた。

「もう、九時だから、青木さんは屹度来ていらっしゃるに違いないわ。」

そうだ! 青年は、停車場で待ち合わせる約束だったのだ。もう、二三分の後にその人と面と向って立たねばならぬかと思うと、美奈子の心は、とりとめもなく乱れて行くのだった。

が、美奈子は少女らしい勇気を振い起して、自分の心持を纏めようとした。あの青年と会っても、取り乱すことのないように、出来る丈自分の心持を纏めて置こうと思った。美奈子の心持などに、何の容赦もない自動車は、彼女の心が少しも纏まらない内に、もう彼女を東京駅の赤煉瓦の大きい建物の前に下していた。