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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
それは彼女自身にも、一度も経験したことのないような、不快な気持だった。彼女は、母に対して、不快を感じているのでなく、青年に対して、不快を感じているのでなく、たゞ母と青年とが、馴々しく話しあっていることが、不思議に、彼女の心に苦い滓を掻き乱すのであった。殊に青年が人目を忍ぶように、品川からたゞ一人、コッソリと乗ったことが、美奈子の心を、可なり傷けた。母と青年との間に、何か後暗い翳でもあるように、思われて仕方がなかった。
「何うして、僕が奥さんと一緒に行くことが分ったのでしょう。僕は誰にも云ったことはないのですがね。」
青年は一寸云い訳のように云った。
「何分っていてもいゝのですよ。薄々分っている位が、丁度いゝのですよ。貴君となら、分っていてもいゝのですよ。」
夫人は、軽い媚を含みながら云った。
「光栄です。本当に光栄です。」
青年は冗談でなく、本当に心から感激しているように云った。
母と青年との会話は、自由に快活に馴々しく進んで行った。美奈子は、なるべくそれを聴くまいとした。が、母が声を低めて云っていることまでが、神経のいらだっている美奈子の耳には、轟々たる車輪の、響にも消されずに、ハッキリと響いて来るのだった。