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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、瑠璃子は却々帰って来なかった。
青年はやゝ待ちあぐみかけたらしかった。彼はもう明るく電燈の点いた部屋の中を、四五歩宛行ったり来たりしていたが、半独語のように美奈子に云った。
「お母様は、却々お帰りになりませんね。」
「はい。」
窓に倚って輝き初めた星の光をボンヤリ見詰めていた美奈子は、低い声で聞えるか聞えないかのように答えた。青年は、自分一人で出て行きたいらしかったが、美奈子を一人ぼっちにして置くことが、気が咎めるらしかった。彼は、到頭云い憎くそうに云った。
「美奈子さん。如何です、一緒に散歩をなさいませんか。お母様をお待ちしていても、なかなかお帰りになりそうじゃありませんから。」
青年は、口籠りながらそう云った。
「えゝっ!」
美奈子は彼女自身の耳を疑っているかのように、つぶらなる目を刮った。
三
美奈子に取っては、青年から散歩に誘われたことが、可なり大きな駭きであった。四五日一緒に生活して来たと云うものの、二人向い合っては、短い会話一つ交したことがなかった。
その相手から、突然散歩に誘われたのであるから、彼女が駭きの目を刮ったまゝ、わく/\する胸を抑えたまゝ、何とも返事が出来なかったのも、無理ではなかった。