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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
その水から湧き上って来る涼気は、浴衣を着ている美奈子には、肌寒く感ぜられるほどだった。
青年が、何時までも黙っているので、美奈子の心は、妙に不安になった。美奈子は自分が後を追って来たはしたなさを、相手が不愉快に思っているのではないかと、心配し始めた。自分が思い切って後を追って来たことが、軽率ではなかったかと、後悔し初めた。
が、二人が丁度、底倉と木賀との間を流れている、蛇骨川の橋の上まで、来たときに、青年は初めて口を利いた。立ち止って空を仰ぎながら、
「御覧なさい! 月が、出かゝっています。」
そう云われて、今迄俯きがちに歩いて来た美奈子も、立ち止って空を振り仰いだ。
早川の対岸に、空を劃って聳えている、連山の輪廓を、ほの/″\とした月魄が、くっきりと浮き立たせているのであった。
相模灘を、渡って来た月の光が今丁度箱根の山々を、照し初めようとしている所だった。
「まあ! 綺麗ですこと。」
美奈子もつい感嘆の声を洩した。
「旧の十六日ですね、きっと。いゝ月でしょう。空が、あんなによく晴れています。東京の、濁ったような空と比べると何うです。これが本当に緑玉と云う空ですね。