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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
母と青年との姿が、廊下の端に消えたとき、扉の所に立って見送っていた美奈子は、自分の部屋へ駈け込むと、床に崩れるように、蹲まって、安楽椅子の蒲団に顔を埋めたまゝ、暫らくは顔を上げなかった。熱い/\涙が、止め度もなく流れた。自分丈けが、此世の中に、生き甲斐のないみじめな人間のように、思われた。誰からも見捨てられたと云ったような寂しさが、心の隅々を掻き乱した。
友達にでも、手紙を書けば、少しでも寂しさが紛らせるかと思って、机の前に坐って見たけれども纏った文句は、一行だって、ペンの先には、出て来なかった。母と青年とが、いつもの散歩路を、寄り添いながら、親しそうに歩いている姿だけが、頭の中にこびり付いて離れなかった。
その中に、寂しさと、彼女自身には気が付いていなかったが、人間の心に免れがたい嫉妬とが、彼女を立っても坐っても、いられないように、苛み初めていた。彼女は、高い山の頂きにでも立って、思うさま泣きたかった。彼女は、到頭じっとしてはいられないような、いら/\した気持になっていた。彼女は、フラ/\と自分の部屋を出た。的もなしに、戸外に出たかった。暗い道を何処までも何処までも、歩いて行きたいような心持になっていた。