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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
青年は、やゝほの暗い電燈の光で、振り上げた相手の顔を見た。意外にも、それは先刻散歩へ出るときに、玄関で逢った、彼の見知らない紳士であった。彼は、どうして此の男が、自分の名前を知っているのだろうかと、不審に思いながら答えた。
「そうです。青木です。ですが、貴君は……」
青年は、一寸相手が、無作法に呼び止めたことを咎めるように訊き返した。
「いや、御存じないのは、尤もです。」
そう云いながら、紳士は階段を二三段上りながら、青年に近づいた。
「お兄さんの知人と云っても、ホンのお知合になったと云う丈けに過ぎないのですが、然しその……」
紳士は、一寸云い澱んだ。青年は、自分がいら/\し切っているときに、何の差し迫った用もなさそうな人から、たゞ兄の知人であると云った理由丈で、呼び止められるのに堪えなかった。
「そうですか。それでは、又いずれ、ゆっくりとお話しましょう。一寸只今は、急いでいますから。」
そう云い捨てると、青年は振り切るように、残った階段を馳け上ろうとした。
すると、紳士は意外にも、しつこく青年を呼び止めた。
「あゝ一寸お待ち下さい。私も急に、貴君にお話したいことがあるのです。