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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

それが、意外にもホテルの玄関で貴君にお目にかゝろうとは、貴君ばかりでなく荘田夫人にお目にかゝろうとは。」

紳士は一寸意味ありげな微笑を洩しながら、

「実は、お兄さんが遭難されたとき、同乗していたと云う一人の旅客は私なのです。」

「えゝっ!」

思わず、青年は、駭きの目を眸った。

「お兄さんの死は、形は奇禍のようですが、心持は自殺です。私は、そう断言したいのです。お兄さんは、死場所を求めて、三保から豆相の間を彷徨っていたのです。奇禍が偶然にお兄さんの自殺を早めたのです。」

紳士の表情は、可なり厳粛であった。彼が、いゝ加減なことを云っているとは、どうしても思われなかった。

「自殺! 兄はそんな意志があったのですか。」

青年は駭きながら訊いた。

「ありましたとも。それは、貴君にも直ぐ判りますが。」

「自殺! 自殺の意志。もしあったとすれば、それは何のための自殺でしょう。」

「ある婦人のために、弄ばれたのです。」

紳士は苦々しげに云った。

「婦人のために、弄ばれる。」

そう繰り返した青年の顔は、見る/\色を変えた。彼は、心の中で、ある恐ろしい事実にハッと思い当ったのである。