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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
途中で、奇禍に逢われなかったら、お兄さんは屹度、熱海か何処かで、自殺をしておられる筈です。」
紳士は、ノートを覗き込むようにしながら云った。
青年の顔は、恐ろしい感情の激発のために、紫色にふくらんでいた。
紳士は、青年の感情をもっと狂わすように云った。
「其処に白金の時計のことが、書いてあるでしょう。お兄さんは、死なれる間際に、その時計を返して呉れと云われたのです。偶然にも、その時計は、その偽りの贈物は、お兄さんの血で、真赤に染められていたのです。衝突のときに、硝子が壊れたと見え、血が時計の胴に浸んでいたのです。」
「それを何うしました。それを何うしました。」
青年は、激情のために、半狂っていた。
「無論、それを返したのです。私は、お兄さんの心持を酌んで、それを叩き返してやろうと思ったのです。それを返しながら、お兄さんの怨みを、知らせてやろうと思ったのです。ところが、残念にも、私はそれを、手もなく捲き上げられてしまったのです。あの方は、妖婦です。僕達には、とても真面に太刀打は出来ない人です。」
「妖婦! 妖婦!」
青年は狂ったように、口走った。
「いや、その点で私はお兄さんの、委託に背いてしまったのです。