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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

触らぬ神に祟りなしと云う言葉があります。まして、相手は特別、恐ろしい女神ですから。はゝゝゝゝゝゝ。」

紳士は軽く笑った、話が、余り緊張して来たのを、わざと緩めようとして。

「然し、兎に角私としては、これでお兄さんに対する責任を少しは尽したように思うのです。そう云う意味で、貴君が僕の云うことを、よく聴いて下さったのを有難く思うのです。いや、私が一歩遅かったら、貴君もどんな目に逢っているかも知れなかったのです。」

紳士は、自分の忠告が間に合ったことを、欣ぶような顔色を示した。が、彼の忠告は間に合っただろうか。いな、彼の忠告は、後の祭だった。一時間だけ、遅れ過ぎた。

彼の忠告は、災禍の火を未然に消す風とならずして、却ってその火を煽り立てた。彼が、夫人の危険を説いたときに、青年はもう、夫人から弄ばれていたのだ。否、弄ばれたと思っていたのだ。夫人から、弄ばれた恨と憤とに、燃えていた青年の心を、彼はいやが上に煽った。

『お前ばかりではない、お前の肉親の兄も、あの女に弄ばれて、身を過ったのだ! 身を亡したのだ!』と。

「いや! 御忠告ありがとう! 御忠告ありがとう!」