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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

彼女は母と一緒に田舎路を歩いていた。それが、死んだ母のようでもあり、現在の母であるようにも思われた。ふと、地平の端に白い何物かが現れた。それが矢のような勢いで、彼女達の方へ向って来た。つい、目の前の小川を飛び越したとき、それが白い牡牛であることが、判った。狼狽している美奈子達を目がけて激しい勢いで殺到した。美奈子は悲鳴を挙げながら、逃げた。牡牛は、逃げ遅れた母に迫った。美奈子が、アッと思う間もなく、牡牛の鉄のような角は、母の脇腹を抉っていた。母の、恐ろしい呻り声が美奈子の魂を戦かしたが、母の呻き声を聴いた途端に、悪夢は断れた。が、不思議に呻き声のみは、尚続いていた。

二

悪夢の裡に聴いた呻き声を、美奈子は夢現の間に聞き続けていた。

「うゝむ! うゝむ!」

腸を断つような呻き声が、段々彼女の耳の近くに聞え初めた。彼女の意識が、醒めかゝるに連れてその呻き声は段々高くなった。

「うゝむ! うゝむ!」

彼女は、到頭寝台の上に醒めた。醒めたと同時に、彼女は冷水を浴びたような悪寒を感じた。

「うゝむ! うゝむ!」

ひきしぼるような悲鳴は、彼女の身辺からマザ/\と起っているのであった。