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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

たゞ一寸した知己の死を、死んでは少し淋しいが、然し大したことのない知己の死を、話しているのに過ぎなかった。信一郎は、可なり拍子抜けがした。瑠璃子と云う名が、青年の臨終の床で叫ばれた以上、如何なる意味かで、青年と深い交渉があるだろうと思ったのは、自分の思い違いかしら。夫人の容子や態度が、示している通り、死んでは少し淋しいが、然し大したことのない知己に、過ぎないのかしら。そう、疑って来ると、信一郎は、青年の死際の囈語に過ぎなかったかも知れない言葉や、自分の想像を頼りにして、突然訪ねて来た自分の軽率な、芝居がかった態度が気恥しくて堪らなくなって来た。彼は、夫人に会えば、こう云おうあゝ云おうと思っていた言葉が、咽喉にからんでしまって、たゞモジ/\興奮するばかりだった。

「妾、今日すっかり時間を間違えていましてね。気が付くと、三時過ぎでございましょう。驚いて、自動車で馳せ付けましたのよ。あんなに遅く行って、本当にきまりが悪うございましたわ。」

その癖、夫人はきまりが悪かったような表情は少しも見せなかった。あの葬場でも、それを思い出している今も。若い美しい夫人の何処に、そうした大胆な、人を人とも思わないような強い所があるのかと、信一郎はたゞ呆気に取られている丈であった。