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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

「御親切に対する御礼は、妾から、致そうと存じておりますけれど、これはホンのお知己になったお印に差し上げますのよ。」

そう云いながら、夫人は信一郎に、最後の魅するような微笑を与えた。

「いたゞいて置きます。」辞退するほどの物でもないので信一郎はその儘ポケットに入れた。

「御迷惑でございましょうが、是非お出で下さいませ、それでは、その節またお目にかゝります。」

そう云いながら、夫人は玄関の扉の外へ出て暫らくは信一郎の歩み去るのを見送っているようであった。

電車に乗ってから、暫らくの間信一郎は夫人に対する酔から、醒めなかった。それは確かに酔心地とでも云うべきものだった。夫人と会って話している間、信一郎はそのキビ/\した表情や、優しいけれども、のしかゝって来るような言葉に、云い知れぬ魅力をさえ感じていた。男を男とも思わないような夫人に、もっとグン/\引きずられたいような、不思議な欲望をさえ感じていたのである。

が、そうした酔が、だん/\醒めかゝるに連れ、冷たい反省が信一郎の心を占めた。彼は、今日の夫人の態度が、何となく気にかゝり始めた。夫人の態度か、言葉かの何処かに、嘘偽りがあるように思われてならなかった。