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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
七
降りそうな気勢などは、少しも見せなかった青年が、突然立ち上ると男らしい活溌さで、素早く車掌台へ出ると、まだ惰力で動いている電車から、軽くヒラリと飛び降りた。
『おや!』女中が、傍にいなかったら、彼女は駭いて声を出したかも知れなかった。
『御近所の方かしら。』そう思った美奈子は、電車を降りながら美しい眸を凝して、その後姿を見失うまいと、眼も放たず見詰めていた。
七
美奈子より先に、電車を飛び降りた青年は、その後姿を、じっと彼女から見詰められているとは少しも気が付かないように、籐の細身のステッキを、眩しい日の光の裡に、軽く打ち振りながら、グン/\急ぎ足で歩いた。
美奈子は、一体此の青年が、近所のどの家に入るのかと、わざと自分の歩調を緩めながら、青年の後姿を眼で追っていた。
その時に、彼女を駭かすような思いがけないことが、起った。
「おや! あの方、家へいらっしゃるのじゃないかしら。」
美奈子は、思わずそう口走らずにはいられなかった。
九段の方へグン/\歩いて行くように見えた青年は、美奈子の家の前まで行くと、だん/\その門に吸い付けられるように歩み寄るのであった。