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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

九十四

明日はお目にかかれませんが、明後日はきっとお伺いします。九月の三日ですものね。無理にもあがれないことはありませんけれど、一日だけ我慢しましょうね。では明後日ね」

こうした手紙が月のはじめに節子から届いた。最早彼女はこれ程心易い調子で岸本に宛てて書くように成った。

「では明後日ね」

と岸本は繰返して見て、まるで吃者のようにしか物の言えなかった人が、可哀そうなほど日蔭者の自制と遠慮とに慣らされて来たような人が、どうかして早く自由に思うように話したいと言っていた人が、その自然な調子の出るところまで彼女の唇も解けて来たかと思った。

約束の日に岸本は節子を迎えた。もし懺悔を書くとしたら、その前に節子だけには話して、彼女の承諾を求めたいと思ったが、何事も未だ彼は話さずに置いた。

節子は露領の方から近く帰国するという報知のあった姉夫婦の噂なぞをした後で、

「どうしてそんなに人の顔を見ていらっしゃるんです」

と岸本に訊いた。

二間続いた離座敷には、同じ部屋の内に書斎もあれば、客間もあれば、茶の間もあった。岸本は湯をたやさずにある火鉢の方へ節子を誘って、自分の好きな熱い茶を彼女に勧め、自分でも飲みながら、本当にその畳の上に親めるような心になった。