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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

が、何う云って、それに答えてよいか分らなかった。

「一層のこと、東京へお帰りになったら何うでしょう。僕なども精神上の動揺のため、海へなり山へなり安息を求めて、旅をしたことも度々ありますが、一人になると、却って孤独から来る淋しさ迄が加わって、愈堪えられなくなって、又都会へ追い返されたものです。僕の考えでは、何かを紛らすには、東京生活の混乱と騒擾とが、何よりの薬ではないかと思うのです。」と、信一郎は自分の過去の二三の経験を思い浮べながらそう云った。

「が、僕の場合は少し違うのです。東京にいることが何うにも堪らないのです。当分東京へ帰る勇気は、トテもありません。」

青年は、又黙ってしまった。心の中の何処かに、可なり大きい傷を受けているらしい青年の容子は信一郎の眼にもいたましく見えた。

自動車は、もうとっくに小田原を離れていた。気が付いて見ると、暮れかゝる太平洋の波が、白く砕けている高い崖の上を軽便鉄道の線路に添うて、疾駆しているのであった。

道は、可なり狭かった。右手には、青葉の層々と茂った山が、往来を圧するように迫っていた。左は、急な傾斜を作って、直ぐ真下には、海が見えていた。