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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、それは瑠璃子の空しい思違だった。悪魔は、その最後の毒矢を、もう既に放っていたのだった。
七月の末だった。父は、突然警視総監のT氏から、急用があると云って、会見を申し込まれた。父は、T氏とは公開の席で、二三度顔を合せた丈で、私交のある間ではなかった。殊に、父は政府当局からは常に、白眼を以て見られていたのだから。
「何の用事だろう?」
父は、一寸不審そうに首を傾けた。警視総監と云ったような言葉丈でも、瑠璃子には妙に不安の種だった。
が、父は何か考え当る事があったのだろう、割合気軽に出かけて行った。が、掻き乱された瑠璃子の胸は、父の車を見送った後も、暫らくは静まらなかった。
父は、一時間も経たぬ間に帰って来た。瑠璃子は、ホッと安心して、いそ/\と玄関に出迎えた。
が、父の顔を一目見たとき、彼女はハッと立竦んでしまった。容易ならぬ大事が、父の身辺に起ったことが、直ぐそれと分った。父の顔は、土のように暗く蒼ざめていた。血の色が少しもないと云ってよかった。眼丈は、平素のように爛々と、光っていたが、その光り方は、狂人の眼のように、物凄く而も、ドロンとして力がなかった。