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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

三

青年は、それを受け取ろうとして、両手を出そうとしたが、彼の手はもう彼の思うようには、動きそうにもなかった。

「一体、此の鞄を何うするのです。」

青年は、何か答えようとして、口を動かした。が、言葉の代りに出たものは、先刻の吐血の名残りらしい少量の血であった。

「開けるのですか。開けるのですか。」

青年は肯こうとした。が、それも肯こうとする意志だけを示したのに、過ぎなかった。信一郎は鞄を開けにかゝった。が、それには鍵がかゝっていると見え、容易には開かなかった。が、此場合瀕死の重傷者に、鍵の在処を尋ねるなどは、余りに心ないことだった。信一郎は、満身の力を振って、捻じ開けた。金物に付いて、革がベリ/\と、二三寸引き裂かれた。

三

「何を出すのです。何を出すのです。」

信一郎は、薬品をでも、取り出すのであろうと思って訊いた。が、青年の答は意外だった。

「雑記帳を。」青年の声は、かすかに咽喉を洩れると、云う程度に過ぎなかった。

「ノート?」信一郎は、不審りながら、鞄を掻き廻した。いかにも鞄の底に、三帖綴の大学ノートを入れてあるのを見出した。

青年は、眼で肯いた。彼は手を出して、それを取った。