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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

瑠璃子が暫らく東京を離れると云うことが分ると、一番に驚いたのは勝彦だった。彼は瑠璃子が準備をし始めると、自分も一緒に行くのだと云って、父の大きいトランクを引っ張出して来て、自分の着物や持物を滅茶苦茶に詰め込んだ。おしまいには、自分の使っている洗面器までも、詰め込んで召使達を笑わせた。彼は、瑠璃子に捨てゝ置かれないようにと、一瞬の間も瑠璃子を見失わないように後へ/\と付き纏った。

それを見ると、勝平は眉を顰めずにはいられなかった。

出立の朝だった。自分が捨てゝ置かれると云うことが分ると、勝彦は狂人のように暴れ出した。毎年一度か二度は、発作的に狂人のようになってしまう彼だった。彼は瑠璃子と父とが自動車に乗るのを見ると、自分も跣足で馳け降りて来ながら、扉を無理矢理に開けようとした。執事や書生が三四人で抱き止めようとしたが、馬鹿力の強い彼は、後から抱き付こうとする男を、二三人も其処へ振り飛ばしながら、自動車に縋り付いて離れなかった。

白痴でありながらも、必死になっている顔色を見ると、瑠璃子は可なり心を動かされた。主人に慕い纏わって来る動物に対するようないじらしさを、此の無智な勝彦に対して、懐かずにはいられなかった。