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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

五

「おやもう、六時でございますわ。お茶なんか飲んでいますと、遅くなってしまいますわ。如何でございます。あのお約束は、またのことにして下さいませんか。ねえ! それでいゝでございましょう。」

「はあ! それで結構です。」

信一郎は、従順な僕のように答えた。

「貴君! お宅は何方!」

「信濃町です。」

「それじゃ、院線で御帰りになるのですか。」

「市電でも、院線でも孰らでゞも帰れるのです。」

「それじゃ、院線で御帰りなさいませ。万世橋でお乗りになるのでしょう。妾の自動車で万世橋までお送りいたしますわ。」

彼女は、それが何でもないことのように、微笑しながら云った。

五

わずか二度しか逢っていない、而も確かな紹介もなく妙な事情から、知己になっている男性に――その職業も位置も身分も十分分っていない男性に、突然自動車の同乗を勧める瑠璃子夫人の大胆さに、勧められる信一郎の方が、却ってタジ/\となってしまった。信一郎は、一寸狼狽しながら、急いでそれを断ろうとした。

「いゝえ恐れ入ります。電車で帰った方が勝手ですから。」

「あら、そんなに改まって遠慮して下さると困りますわ。妾本当は、お茶でもいたゞきながら、ゆっくりお話がしたかったのでございますよ。