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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
信一郎は、うっとりとして、名画の美人画をでも見るように、暫らくは見詰めていた。
それと同じように、彼を駭かしたものは瑠璃子夫人の暢達な仏蘭西語であった。仏法出の法学士である信一郎は、可なり会話にも自信があった。が、水の迸しるように、自然に豊富に、美しい発音を以て、語られている言葉は、信一郎の心を魅し去らずにはいなかった。
瑠璃子は、階段の傍に、ボンヤリ立っている信一郎には、一瞥も与えないで、アンナを玄関まで送って行った。
其処で、後から来た兄のセザレヴィッチを待ち合わすと、兄妹が自動車に乗ってしまう迄、主催者の貴婦人達と一緒に見送っていた。彼女一人、兄妹を相手に、始終快活に談笑しながら。
兄妹を乗せた自動車が、去ってしまうと、彼女は、初めて信一郎を見付けたように、いそいそと彼の傍へやって来た。
「まあ! 待っていて下さいましたの。随分お待たせしましたわ。でも兄妹を送り出すまで、幹事として責任がございますの。」
彼女は、そう云いながら、帯の間から、時計を取り出して見た。それはやっぱり白金の時計だった。それを見た刹那、不安ないやな連想が、電火のように、信一郎の心を走せ過ぎた。