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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

それだのに、ついこんなに遅くなってしまったのですもの。せめて、一緒に乗っていたゞいて、お話したいと思いますの。死んだ青木さんのことなども、お話したいことがございますのよ。」

「でも御迷惑じゃございませんか。」

信一郎は、もう可なり、同乗する興味に、動かされながら、それでも口先ではこう云って見た。

「あら、御冗談でございましょう。御迷惑なのは、貴君ではございませんか。」

夫人の言葉は、銘刀のように鮮かな冴を持っていた。信一郎が、夫人の奔放な言葉に圧せられたように、モジ/\している間に、夫人はボーイに合図した。ボーイは、玄関に立って、声高く自動車を呼んだ。

暮れなやむ初夏の宵の夕暗に、今点火したばかりの、眩しいような頭光を輝かしながら、青山の葬場で一度見たことのある青色大型の自動車は、軽い爆音を立てながら、玄関へ横付になった。会衆は悉く散じ去って、供待する俥も自動車一台も残っていなかった。

「さあ! 貴君から。」

信一郎の確な承諾をも聴かないのにも拘わらず、夫人はそれに定った事のように、信一郎を促した。

そう勧められると、信一郎は不安と幸福とが、半分宛交ったような心持で、胸が掻き乱された。