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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

四

「お考えになるのなら、そのお考えを承わろうじゃありませんか。」

信一郎は益々いらだった。

「でも、死んだ方に悪いのですもの。」

「死んだ方に悪い! 貴女はまだ死者を蔑もうとなさるのですか。死者を誣いようとなさるのですか。」

信一郎は火の如く激昂した。

その激昂に、水を浴びせるように夫人は云った。

「でも、妾、此ノートを読んで考えましたことは、青木さんも普通の男性と同じように、自惚れが強くて我儘であると云うこと丈ですもの。」

四

夫人の言葉は、信一郎を唖然たらしめた。彼は呆気に取られて、夫人の美しい冷かな顔を見詰めていた。どんな妖婦でも、昔の毒婦伝に出て来るような恐ろしい女でも、自分を恨んで死んだ男の遺書を、こうまで冷酷に評し去る勇気はないだろう。自分を恨んでいる、血に滲んだ言葉を自惚れと我儘だと云って評し去る女はないだろう。

が、一時の驚きが去ると共に、信一郎の心に残ったものは、夫人に対する激しい憎悪だった。女ではない。人間ではない。女らしさと、人間らしさとを失った美しい怪物である。その人を少しでも人間らしく考えた自分が、間違っていたのだ。彼は心の中の憎悪を吐き捨てるように云った。