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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
その内に、電車はもう半蔵門の停留場を離れていた。英国大使館の前の桜青葉の間を、勢よく走っていた。美奈子は電車が、平素の二倍もの速力で走っているように思った。彼女は、最後の一瞥を得ようとして、思い切って顔を持ち上げた。青年は、此の前見たときと同じような白い飛白の着物に絽セルらしい袴を穿いていた。近く見れば見るほど、貴公子らしい凜々しい面影が、美奈子の小さい胸を圧し付けるように、迫って来るのだった。美奈子は、此の青年と向い合って坐りながら、もっともっと九段までも両国までも、いな/\もっと遥かに遥かに遠い処まで、一緒に乗って行きたいような、切ない情熱が、胸に湧いて来るのを何うすることも出来なかった。このまゝ別れてしまうと、また何時会われるか分らない。二年も三年も、いな一生もう二度と会われないのではあるまいかなどと思ったりすると、美奈子は、何うしても座席が離れられなかった。が、女中のすみやは、そんなことは少しも頓着しなかった。
五番町の停留場の赤い柱が見え出すと、主人よりも先きに立ち上った。
「参りましたよ。」
彼女は主人を促すように云った。美奈子がそれに促されて、不承々々に席を離れようとしたときだった。