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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

夜の密語

一

自分の結婚などは、青年にはどうでもよかったのだ。たゞ、自分が結婚した後に起る筈の、母の再婚を確めるために、自分の結婚を、口にしたのに過ぎないのだ。それとは知らずに、興奮した自分が、恥しくて恥しくて堪らなかった。彼女の処女らしい興奮と羞恥とは、物の見事に裏切られてしまったのだ。

彼女は、照っている月が、忽ち暗くなってしまったような思がした。青年と並んで歩くことが堪らなかった。彼女の幸福の夢は、忽ちにして恐ろしい悪夢と変じていた。

彼女はそれでも、砕かれた心をやっと纏めながら返事だけした。

「妾、母のことはちっとも存じませんわ。」

彼女の低い声には、綿々たる恨が籠っていた。

夜の密語

一

青年との散歩が、悲しい幻滅に終ってから、避暑地生活は、美奈子に取って、喰わねばならぬ苦い苦い韮になった。

開きかけた蕾が、そうだ! 周囲の暖かさを信じて開きかけた蕾が、周囲から裏切られて思いがけない寒気に逢ったように、傷つき易い少女の心は、深い/\傷を負ってしまった。

それでも、温和しい彼女は、東京へ一人で帰るとは云わなかった。自分ばかり、何の理由も示さずに、先きへ帰ることなどは、温和しい彼女には思いも及ばないことだった。