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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

四

「郵便局!」瑠璃子は、反射的にそう繰返したが、その美しい眉は、深い憂慮のために、暗くなってしまった。「こんなに遅く郵便局へ!」

瑠璃子は、呟くように云った。が、それは美奈子を咎めていると云うよりも、自分自身を咎めているような声だった。

母子の間に、暫らくは沈黙が在った。美奈子は、たゞ黙って立っている外は、何うすることも出来なかった。

「郵便局! 郵便局なら、僕が行って来て上げましょう。」

母の後に立っていた青年は、此の沈黙を救おうとしてそう云った。

美奈子は、一寸狼狽した。託すべき手紙などは持っていなかったからである。

「いゝえ。結構でございますの。」

美奈子は、平素に似ず、きっぱりと答えた。その拒絶には、彼女の、芽にして、蹂み躙られた恋の千万無量の恨が、籠っていたと云ってもよかった。

聡明な瑠璃子には、美奈子の心持が、可なり判ったらしかった。彼女は、涙がにじんではいぬかと思われるほどの、やさしい眸で、美奈子を、じっと見詰めながら云った。

「ねえ! 美奈さん。今晩は、よして呉れない。もう十時ですもの、あした早く入れに行くといゝわ。ねえ美奈さん! いゝでしょう。