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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、もう二人は青山一丁目の、停留場に来ていた。学生は、今発車しようとしている塩町行の電車に、乗りたそうな容子を見せた。
信一郎は、最後の瞬間を利用して、もう一歩進めて見た。
「突然ですが、ある用事で、あの奥さんに、一度お目にかゝりたいと思うのですが、紹介して下さる訳には……」と、言葉を切った。
大学生は、信一郎のそうしたやゝ不自然な、ぶっきら棒な願いを、美貌の女性の知己になりたいと云う、世間普通な色好みの男性の願と、同じものだと思ったらしく、一寸嘲笑に似た笑いを洩そうとしたが、直ぐそれを噛み殺して、
「貴君の御身分や、御希望を精しく承らないと、僕として一寸紹介して差上げることは出来ません。尤も、荘田夫人は普通の奥さん方とは違いますから、突然尋ねて行かれても、屹度逢って呉れるでしょう。御宅は、麹町の五番町です。」
そう云い捨てると、その青年は身体を捷く動かしながら、将に動き出そうとする電車に巧に飛び乗ってしまった。
信一郎は、一寸おいてきぼりを喰ったような、稍々不快な感情を持ちながら、暫らく其処に佇立した。大学生に話しかけた自分の態度が、下等な新聞記者か何かのようであったのが、恥しかった。