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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
四
今日も真夏の、明るい太陽が、箱根の山々を輝々として、照し初めた。が、人事不省の裡に眠っている瑠璃子は、昏々として覚めなかった。生と死の間の懸崖に、彼女の細き命は一縷の糸に依って懸っていた。
その日の二時過ぐる頃、美奈子の打った急電に依って、予て美奈子の傷を治療したことのある外科の泰斗近藤博士が、馳け付けた。が、博士に依って、あらゆる手当が施された後も、瑠璃子の意識は返って来なかった。
その前後から、烈しい高熱に襲われ初めた瑠璃子は、取りとめもない囈言を云いつゞけた。その囈言の中にも、美奈子は、母が直也と呼ぶのを幾度となく聴いた。
夕暮になって、瑠璃子の父の老男爵が馳け付けた。瑠璃子の近来の行状を快く思ってはいなかった男爵は、その娘と一年近くも会っていなかった。が、死相を帯びながら、瀕死の床に横わっている瑠璃子を見ると、老いた男爵の眼からは、涙が、潸然としてほうり落ちた。娘のこうした運命が、九分までは自分の責任だと思うと、娘の額に手をやった男爵の手は、わな/\顫えずにはいなかった。
美奈子は、母の兄なる光一にも、電報を打ったけれども、恐らく彼は東京を離れていたのだろう、夜になっても姿を見せなかった。