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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

東京から急を聴いて馳け付けた女中や、執事などで、瑠璃子の床は賑やかに取巻かれた。が、母を――肉親は繋がっていなくとも心の内では母とも姉とも思う瑠璃子を、失おうとする美奈子の心細さは、時の経つと共に、段々募って行った。

丁度夜の十時に近い頃だった。母はやゝ安眠に入ったと見え、囈言が、暫らく杜絶えて、いやな静けさが、部屋の裡に、漂っていたときだった。廊下に面した扉を、低く、聞えるか聞えないかに、トン/\と打つ音がした。女中が立ってそれを開いたが、直ぐ美奈子の所へ帰って来た。

「あの、お嬢さま。ホテルの支配人の方が、一寸お目にかゝりたいと申しております。」

美奈子は、立ち上って扉の所へ行った。

「どうか、一寸こちらへ。」

支配人は、美奈子に廊下へ出ることを求めた。美奈子が、一寸不安な気持に襲われながら、続いて廊下へ出ると、支配人は声をひそめた。

「お取込みの中を、大変恐れ入りますが、今箱根町から電話がかゝっているのです。実は蘆の湖で今夕水死人の死体が上ったと云うのですが、それが二十三四の学生風の方で、舟の中に残して置いた数通の遺書で見ると、富士屋ホテルにて、青木、と書いてあったと云うのです。