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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
六
本当は、自分のものであるのを、他人のものらしく、体よく取返したのではあるまいか。
が、そう疑って見たものゝ、それを確める証拠は何もなかった。それを確めるために、もう一度夫人に会って見ても、あの夫人の美しい容貌と、溌剌な会話とで、もう一度体よく追い返されることは余りに判り切っている。
信一郎は、夫人の張る蜘蛛の網にかゝった蝶か何かのように、手もなく丸め込まれ、肝心な時計を体よく、捲き上げられたように思われた。彼は、自分の腑甲斐なさが、口惜しく思われて来た。
彼の手を離れても、謎の時計は、やっぱり謎の尾を引いている。彼は何うかして、その謎を解きたいと思った。
その時にふと、彼は青年が海に捨つるべく彼に委託したノートのことを思い出したのである。
六
青年から、海へ捨てるように頼まれたノートを、信一郎はまだトランクの裡に、持っていた。海に捨てる機会を失したので、焼こうか裂こうかと思いながら、ついその儘になっていたのである。
それを、今になって披いて見ることは、死者に済まないことには違なかった。が、時計の謎を知るためには、――それと同時に瑠璃子夫人の態度の謎を解くためには、ノートを見ることより外に、何の手段も思い浮ばなかった。