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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
あんな秘密な時計をさえ、自分には託したのだ、その時計の本当の持主を知るために、ノートを見る位は、許して呉れるだろうと、信一郎は思った。
でも家に帰って、まだ旅行から帰ったまゝに、放り出してあったトランクを開いたとき、信一郎は可なり良心の苛責を感じた。
が、彼が時計の謎を知ろうと云う慾望は、もっと強かった。美しい瑠璃子夫人の謎を解こうと云う慾望は、もっと強かった。
彼は、恐る恐るノートを取り出した。秘密の封印を解くような興奮と恐怖とで、オズ/\表紙を開いて見た。彼の緊張した予期は外れて、最初の二三枚は、白紙だった。その次ぎの五六枚も、白紙だった。彼は、裏切られたようなイラ/\しさで、全体を手早くめくって見た。が、何の頁も、真白な汚れない頁だった。彼が、妙な失望を感じながら、最後までめくって行ったとき、やっと其処に、インキの匂のまだ新しい青年の手記を見たのである。それは、ノートの最後から、逆にかき出されたものだった。
信一郎は胸を躍らしながら、貪るようにその一行々々を読んだのである。可なり興奮して書いたと見え、字体が荒んでいる上に、字の書き違などが、彼処にも此処にもあった。