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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
」と云いながら、青年の表情は暗い陰鬱な調子を帯びていた。
「神経衰弱ですか。」
「いやそうでもありません。」そう云いながら、青年は力無さそうに口を緘んだ。簡単に言葉では、現わされない原因が、存在することを暗示するかのように。
「学校の方は、ズーッとお休みですね。」
「そうです、もう一月ばかり。」
「尤も文科じゃ出席してもしなくっても、同じでしょうから。」と、信一郎は、先刻青年の襟に、Lと云う字を見たことを思い出しながら云った。
青年は、立入って、いろ/\訊かれることに、一寸不快を感じたのであろう、又黙り込もうとしたが、法科を出たものの、少年時代からずっと文芸の方に親しんで来た信一郎は、此の青年とそうした方面の話をも、して見たいと思った。
「失礼ですが、高等学校は。」暫らくして、信一郎はまたこう口を切った。
「東京です。」青年は振り向きもしないで答えた。
「じゃ私と同じですが、お顔に少しも見覚えがないようですが、何年にお出になりました。」
青年の心に、急に信一郎に対する一脈の親しみが湧いたようであった。華やかな青春の時代を、同じ向陵の寄宿寮に過ごした者のみが、感じ合う特殊の親しみが、青年の心を湿おしたようであった。