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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
父の心が、急にふと変ったのだろう。
「あ、そう。やっぱり一寸見て置くかな。どうせ贋に定っているのだが。」
そう云いながら、父は瑠璃子の手から、その包みを取り返した。父は包みを解いて、箱を開くと遉に丁寧に、中の一軸を取り出した。幅三尺に近い大幅だった。
「瑠璃さん! 一寸掛けて御覧。その軸の上へ重ねてもいゝから。」
瑠璃子は父の命ずるまゝに、応接室の壁に古くから懸っている、父が好きな維新の志士雲井龍雄の書の上へ、夏珪の山水を展開した。
先ず初め、層々と聳えている峰巒の相が現れた。その山が尽きる辺から、落葉し尽くした疎林が淡々と、浮かんでいる。疎林の間には一筋の小径が、遥々と遠く続いている。その小径を横ぎって、水の乾れた小流が走っている。その水上に架する小さい橋には、牛に騎した牧童が牧笛を吹きながら、通り過ぎている。夕暮が近いのであろう、蒼茫たる薄靄が、ほのかに山や森を掩うている。その寂寞を僅かに破るものは、牧童の吹き鳴らす哀切なる牧笛の音であるのだろう。
父は、軸が拡げられるのと共に、一言も言葉を出さなかった。が、じっと見詰めている眸には感激の色がアリ/\と動いていた。