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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
そうだ瑠璃さん! 二階の押入れへ、大切に蔵って置いておくれ!」
父は十分もの間、近くから遠くから、つくづくと見尽した後、そう云った。
瑠璃子は、それを持って、二階への階段を上りながら思った。自分の手中には、一幅十万円に近い名画がある。此の一幅さえあれば一家の窮状は何の苦もなく脱することが出来る。何んなに名画であろうとも、長さ一丈を超えず、幅五尺に足らぬ布片に、五万十万の大金を投じて惜しまない人さえある。それと同時に、同じ金額のために、いろ/\な侮辱や迫害を受けている自分達父娘もある。そう思うと、手中にあるその一幅が、人生の不当な、不公平な状態を皮肉に示しているように思われて、その品物に対して、妙な反感をさえ感じた。
その日の午後、二階の居間に閉じ籠った父は、何うしたのであろう。平素に似ず、檻に入れられた熊のように、部屋中を絶間なしに歩き廻っていた。瑠璃子は、階下の自分の居間にいながら、天井に絶間なく続く父の足音に不安な眸を向けずには、いられなかった。常には、軽い足音さえ立てない父だった。今日は異常に昂奮している様子が、瑠璃子にもそれと分った。暫らく音が、絶えたかと思うと、又立ち上って、ドシ/\と可なり激しい音を立てながら、部屋中を歩き廻るのだった。