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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
その時に、何かの奇蹟が起ったように、今迄はガタリとも動かなかった扉が軽々と音もなく口を開いた。機みを喰った彼女の身体は、つゝと一間ばかりも流れて、危く倒れようとした。その時、父の老いてはいるけれども、尚力強い双腕が、彼女の身体を力強く支えたのである。
「お父様!」と、上ずッた言葉が、彼女の唇を洩れると共に、彼女は暫らくは失神したように、父の懐に顔を埋めたまゝ烈しい動悸を整えようと、苦しさにあえいでいた。
気が付いて見ると、父の顔は涙で一杯だった。卓の上には、遺書らしく思われる書状が、数通重ねられている。
「瑠璃さん! あわれんでお呉れ! お父さんは死に損ってしまったのだ! 死ぬことさえ出来ないような臆病者になってしまったのだ! お前の声を聞くと、俺の決心が訳もなく崩されてしまったのだ! お前に恨まれると思うと、お父様は死ぬことさえ出来ないのだ。」
父は、瑠璃子の昂奮が、漸く静まりかけるのを見ると、呟くように語り始めた。
「まあ、何を仰しゃるのでございます、死ぬなどと。まあ何を仰しゃるのでございます。一体何うしたと云って、そんな事を仰しゃるのでございます。