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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
貴方も快くはあるまいが、此際先方に詫を入れて、内済にして貰ったら何うかと云うのだ。貴方もあんな男に詫びるのは、不愉快だろうが、然し、貴方の社会的地位や名誉には換えられないから、此際思い切って謝罪して見たら何うかと云って呉れるのだ。先方が告訴を取り下げさえすれば、検事局では微罪として不起訴にしようと云っていると云うのだ。」
父は低くうめくように云って来たが、茲まで来ると急に烈しい調子に変りながら、
「だが、瑠璃子考えておくれ。あんな男に、あんな卑しい人間に、謝罪はおろか、頭一つ下げることさえ、俺に取ってどんな恥辱であるか。俺は、それよりも寧ろ死を選みたいのだ。然し謝罪しないとなると、何うしても起訴を免れないのだ。起訴されると、お前此罪は破廉恥罪なのだ! 爵位も返上を命ぜられるばかりでなく、俺の社会的位置は、滅茶苦茶だ! あれ見い! 貴族院第一の硬骨と云われた唐沢が、あのザマだと、世間から嘲笑されることを考えておくれ。死以上の恥辱だ。何の道を選んでも、死ぬより以上の恥辱なのだ。瑠璃子、俺が死のうと決心した心の裡を、お前は察して呉れるだろう。」
瑠璃子は、父の苦しい告白を、石像のように黙って聴いていた。