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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

」

「あゝマッチ! マッチなら、幾何でもありますよ。」彼は、そう云いながら、身を反らして、其処の炉棚の上から、マッチの小箱を取って、瑠璃子の前へ置いた。

「マッチで、何をするのです。」勝平は不安らしく訊ねた。

瑠璃子は、その問を無視したように、黙って椅子から立ち上ると、鉄盤で掩うてあるストーヴの前に先刻三度目に着替えた江戸紫の金紗縮緬の袖を気にしながら、蹲まった。

「貴君、瓦斯が出ますかしら。」彼女は、其処で突然勝平を、見上げながら、馴々しげな微笑を浴びせた。

初めて、貴君と呼ばれた嬉しさに、勝平は又相好を崩しながら、

「出るとも、出るとも。瓦斯は止めてはない筈ですよ。」

勝平が、そう答え了らない裡に、瑠璃子の華奢な白い手の中に燐寸は燃えて、迸り始めた瓦斯に、軽い爆音を立てゝ、移っていた。

瑠璃子は、その火影に白い顔をほてらせて、暫らく立っていたが、ふと身体を飜すと、卓の上にあった証書を、軽く無造作に、薪をでも投げるように、漸く燃え盛りかけた火の中に投じてしまった。

呆気に取られている勝平を、嫣然と振り向きながら、瑠璃子は云った。

「水に流すと云うことがございますね。