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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

その夜も、勝平は若い妻を、帝劇に伴った。彼はボックスの中に瑠璃子と並んで、席を占めながら眼は舞台の方から、しば/\帰って来て、愛妻の白い美しい襟足から、そのほっそりとした撫肩を伝うて、膝の上に、慎しやかに置かれた手や、その手を載せているふくよかな、両膝を、貪るように見詰めていた。彼は、こうして妻と並んでいると、身も心も溶けてしまうような陶酔を感じた。そうした陶酔の醒め際に、彼の烈しい情火が、ムラ/\と彼の身体全体を、嵐のように包むのだった。

瑠璃子は、勝平のそうした悩みなどを、少しも気が付かないように、雲雀のように快活だった。彼女は、勝平との感情の経緯を、もうスッカリ忘れてしまったように、ほんとうの娘にでも、なりきったように、勝平に甘えるように纏わっていた。

「おい瑠璃さん。もう、お父様ごっこも大抵にしてよそうじゃないか、貴女も、少しは私が判っただろう。はゝゝゝゝ。約束の半年を一月とか二月とかに、縮めて貰えないものかねえ!」

勝平は、その夜自動車での帰途、冗談のように、妻の柔かい肩を軽く叩きながら、囁いた。

「まあ! 貴君も、性急ですのねえ。妾達には約婚時代というものが、なかったのですもの。