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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

興奮と煩悶とに労れた勝平の頭も、四時を打つ時計の音を聴いた後は、何時しか朦朧としてしまって、寝苦しい眠りに落ちていた。

眼が覚めた時、それはもう九時を廻っていた。朗かな十月の朝であった。青い紗の窓掛を透した明るい日の光が、室中に快い明るさを湛えた。

朝の爽かな心持に、勝平は昨夜の不愉快な出来事を忘れていた。尨大な身体を、寝台から、ムクムクと起すと、上草履を突っかけて、朝の快い空気に吸い付けられたように、縁側に出た。彼は自分の宏大な、広々と延びている庭園を見ながら、両手を高く拡げて、快い欠伸をした。が、彼が拡げた両手を下した時だった。十間ばかり離れた若い楓の植込の中を、泉水の方へ降りて行く勝彦の姿を見た。彼に似て、尨大な立派な体格だった。が、歩いて行くのは勝彦一人ではなかった。勝彦の大きい身体の蔭から、時々ちら/\美しい色彩の着物が、見えた。勝平は、最初、それが美奈子であることを信じた。勝彦は白痴ではあったが、美奈子丈には、やさしい大人しい兄だった。勝平は何時もの通り兄妹の散歩であると思っていた。が、植込の中の道が右に折れ、勝平の視線と一直線になったとき、その男女は相並んで、後姿を勝平に見せた。