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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

「葉山へ!」と云ったまゝ、遉に彼女は二の句を云い淀んだ。

「そうです! 葉山です。彼処に、林子爵が持っていた別荘を、此春譲って貰ったのだが、此夏美奈子が避暑に行った丈で、俺はまだ二三度しか宿っていないのだ。秋の方が、静でよいそうだから、ゆっくり滞在したいと思うのだが。」

勝平は、落着いた口調で言った。葉山へ行くことは、何の意味もないように云った。が、瑠璃子には、その言葉の奥に潜んでいる勝平のよからぬ意思を、明かに読み取ることが出来た。葉山で二人丈になる。それが何う云う結果になるかは瑠璃子には可なりハッキリ分るように思った。が、彼女はそうした危機を、未然に避くることを、潔しとしなかった。どんな危機に陥っても、自分自身を立派に守って見せる。彼女には、女ながらそうした烈しい最初の意気が、ピクリとも揺いでいなかった。

「結構でございますわ、妾も、そんな所で静かな生活を送るのが大好きでございますのよ。」

彼女は、その清麗な面に、少しの曇も見せないで、爽かに答えた。

「あゝ行って呉れるのか。それは有難い。」

勝平は、心から嬉しそうにそう云った。葉山へさえ、伴って行けば、当分勝彦と引き離すことが出来る上に、其処では召使を除いた外は、瑠璃子と二人切りの生活である。