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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

殊に、妹のアンナ・セザレヴィッチの何処か東洋的な、日本人向きの美貌が、兄妹の天才的な演奏と共に、楽壇の人気を唆っていた。その日の演奏は、確か三四回目の演奏会だった。上流社会の貴夫人達の主催にかゝる、その日の演奏会の純益は、東京にいる亡命の露人達の窮状を救うために、投ぜられる筈だった。

信一郎が、その日の会場たる上野の精養軒の階上の大広間の入口に立った時、会場はザッと一杯だった。が、人数は三百人にも足らなかっただろう。七円と云う高い会費が、今日の聴衆を、可なり貴族的に制限していた。極楽鳥のように着飾った夫人や令嬢が、ズラリと静粛に並んでいた。その中に諸所瀟洒なモオニングを着て、楽譜を手に持っている、音楽研究の若殿様と云ったような紳士が、二三人宛交じっていた。信一郎は聴衆を一瞥した刹那に、直ぐ油に交じった水のような寂しさを感じた。こうした華やかな群の中に、女王のように立ち働いている荘田夫人が、自分に――片隅に小さく控えている自分に、少しでも注意を向けて呉れるかと思うと、妻の手前を繕ろってまで、出席した自分が、何だか心細く馬鹿々々しくなって来た。

信一郎が、席に着くと間もなく、妹の方のアンナが、華やかな拍手に迎えられて壇上に現われた、スラヴ美人の典型と云ってもいゝような、碧い眸と、白い雪のような頬とを持った美しい