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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

娘だった。彼女は微笑を含んだ会釈で喝采に応えると、水色のスカートを飜しながら、快活にピアノに向って腰を降した。と、思うと、その白い蝋のような繊手は、直ぐ霊活な蜘蛛か何かのように、鍵盤の上を、駈け廻り始めた。曲は、露西亜の国民音楽家の一人として名高いボロディンの譚歌だった。

その素朴な、軽快な旋律に、耳を傾けながら、信一郎の注意は、半ば聴衆席の前半の方に走っていた。彼は、若い婦人の後姿を、それからそれと一人々々検めた。が、たった一度、相見た丈の女は、後姿に依っては、直ぐそれと分りかねた。

妹の演奏が終ると、美しい花環が、幾つも幾つも、壇上へ運ばれた。露西亜の少女は、それを一々溢れるような感謝で受取ると、子供のように欣びながら、ピアノの上へ幾つも/\置き並べた。余り沢山置き並べるので、演奏の邪魔になりそうなので、司会者が周章て取り降した。聴衆が、此の少女の無邪気さをどっと笑った。信一郎も、少女の美しさと無邪気さとに、引きずられて、つい笑ってしまった。

丁度その途端、信一郎の肩を軽く軟打するものがあった。彼は駭いて、振り顧った。そこに微笑する美しき瑠璃子夫人の顔があった。