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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

美しい女性の流れが、暫らくは階段を滑っていた。が、待っても、待っても夫人の姿は見えなかった。

彼が、待ちあぐんでいる裡に、聴衆は降り切ってしまったと見え、下足の前に佇んでいる人の数がだん/\疎になって来た。

彼は『一緒にお茶を飲もう。』と云うことが、ただ一寸した、夫人のお世辞であったのではないかと思った。それを金科玉条のように、一生懸命に守って、待ちつゞけていた自分が、少し馬鹿らしくなった。夫人は、屹度混雑を避けて、別の出口から、もうとっくに帰り去ったに違いない。そう思って、彼は軽い失望を感じながら、踵を返そうとした時だった。階段の上から、軽い靴音と、やさしい衣擦の音と、流暢な仏蘭西語の会話とが聞えて来た。彼が、軽い駭きを感じて、見上げると、階段の中途を静に降りかかっているのは、今日の花形なるアンナ・セザレヴィッチと瑠璃子夫人とだった。その二人の洗い出したような鮮さが、信一郎の心を、深く深く動かした。一種敬虔な心持をさえ懐かせた。白皙な露西亜美人と並んでも、瑠璃子夫人の美しさは、その特色を立派に発揮していた。殊に、そのスラリとして高い長身は、凡ての日本婦人が白人の女性と並び立った時の醜さから、彼女を救っていた。