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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
「まあ! お賞めに与って有難いわ。でも、本当にお恥かしいのですよ。ほんの二年ばかり、お稽古した丈なのですよ。貴君は仏法の出身でいらっしゃいますか。」
「そうです。高等学校時代から、六七年もやっているのですが、それで会話と来たら、丸切り駄目なのです。よく、会社へ仏蘭西人が来ると、私丈が仏蘭西語が出来ると云うので、応接を命ぜられるのですが、その度毎に、閉口するのです。奥さんなんか、このまゝ直ぐ外交官夫人として、巴里辺の社交界へ送り出しても、立派なものだと思います。」
信一郎は、つい心からそうした讃辞を呈してしまった。
「外交官の夫人! ほゝゝ、妾などに。」
そう云ったまゝ、夫人の顔は急に曇ってしまった。外交官の夫人。彼女の若き日の憧れは、未来の外交官たる直也の妻として、遠く海外の社交界に、日本婦人の華として、咲き出ることではなかったか。彼女が、仏蘭西語の稽古をしたことも、みんなそうした日のための、準備ではなかったか。それもこれも、今では煙の如く空しい過去の思出となって了っている。外交官の夫人と云われて、彼女の華やかな表情が、急に光を失ったのも無理はなかった。