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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
運転手と妻とが、どんな会話をしたかが、彼には明かに分った。
「御主人はお帰りになりましたか。」
運転手は、最初そう訊ねたに違いない。
「いゝえ、まだ帰りません。」
妻は、自身若しくは女中をしてそう答えさせたに違いない。
「それじゃ、お帰りになるのをお待ちしていましょう。」
運転手は、そう云ったに違いない。
「あの、会社の人達と一緒に、多摩川へ行きましたのですから、帰りは夕方になるだろうと思います。」
何も知らない、信一郎を信じ切っている妻は、そう答えたに違いない。それに対して、この無遠慮な運転手はこう云い切ったに違いない。
「いゝえ、直ぐお帰りになります。只今私の宅からお帰りになったのですから、外へお廻りにならなければ三十分もしない裡に、お帰りになります。」
初めて会った他人から、夫の背信を教えられて、妻は可なり心を傷けられながら赤面して黙ったに違いない。そう思うと、突然運転手などを寄越す瑠璃子夫人に、彼は心からなる憤怒を感ぜずにはいられなかった。
信一郎は、可なり激しい、叱責するような調子で運転手に云った。
「一体何の用事があるのです?」
運転手は、ニヤ/\気味悪く笑いながら、