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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

妾、もうあれ切りかと思いましたの。もう、あれ切り来て下さらないのかと思っていましたよ。」

信一郎が、彼女の入って来たのを見て、立ち上ろうとするのを、制しながら、信一郎と向きあって小さい卓を隔てながら、腰を下した。

信一郎は、ともすれば後退りしそうな自分の決心に、頻りに拍車を与えながら、それでも最初の目的通、夫人と戦って見ようと決心した。

「先刻は大変失礼しましたこと。あの方達を帰してしまった後で、ゆっくり貴君とお話がしたかったのよ。差し上げました御手紙御覧下すって?」

「見ました。」

信一郎は、自分の決心を、動かすまいと、しっかりと云い放った。

「何うお考え遊ばして?」

夫人は、追窮するように、美しく笑いながら訊いた。信一郎は、可なりハッキリした口調で云った。

「貴女の本当のお心持が、分らないものですから、何うお答えしてよいか当惑する丈です。」

「あれでお分りにならないの。あれで、十分分って下すってもいゝと思いますの。妾が、貴君のことを何う考えていますか。」

夫人の顔に可なり、真剣な色が動いた。信一郎も、ある丈の力を以て云った。

「奥さん! 何うか記憶して置いて下さい! 僕には妻がありますから、家庭がありますから、貴女の危険なお戯れのお相手は出来ませんから。