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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
今こそ、返すべき女性がハッキリと分ったのです。また、何う云う態度で、あの時計を返すべきかも、ハッキリと分ったのです。僕は、あの時計を貴女から返していたゞいて、その本当の持主に、一番適当な態度で、返さねばならぬ責任を青木君に対して、感じているのです。どうか直ぐお返しを願いたいと思います。」
夫人の顔は、遉に少しく動揺した。が、信一郎が予想していたように、狼狽の容子は露ほども見せなかった。
「そんなに、面倒臭い時計なのですか、それじゃ、お預りするのではなかったわ。それじゃ只今直ぐお返しいたしますわ。」
夫人は、手軽に、借りていたマッチをでも返すように、手近の呼鈴を押した。
二人は、黙々として、暫らく相対している裡に、以前の小間使が、扉を静に開けた。
「あのね。応接室の、確か炉棚の上の手文庫の中だったと思うのだがね。壊れた時計がある筈だから持って来て下さいね。若し手文庫の中になかったら、あの辺を探して御覧! 確かあの近所に放り散かして置いた筈だから。」
信一郎が、あれほどまでに、心を労していた時計を、夫人は壊れた玩具か何かのように、放りぱなしにしていたのだった。