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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
が、信一郎は思った。今に見ろ、どんなに白々しい夫人でも、血で書いた青木淳の忿恨の文字に接すると、屹度良心の苛責に打たれて、女らしい悲鳴を挙げる。彼女の孔雀の如き虚飾の驕りを擾されて、女らしい悔恨に打たれるに違いない。そう思いながら、頁を繰る夫人の手許と、やゝ蒼んでいる美しい面から、一瞬も眼も放たず、じっと見詰めていた。
その裡に、夫人はハタと、青木淳が書き遺した文字を見付けたらしい。遉に美しい眸は、卓の上に開かれたノートの頁の上に、釘付にされたように、止ってしまった。
美しい面が、最初薄赤く興奮して行った。が、それがだん/\蒼白になり、唇の辺りが軽く痙攣するように動いていた。
夫人が、深い感動を受けたことは、明かだった。信一郎は、今にも夫人が、ノートの上に瓦破と泣き伏すことを予期していた。泣き伏しながら、非業に死んだ青年の許しを乞うことを想像した。彼女の美しい目から、真珠のような涙が、ハラ/\と迸しることを待っていた。悔恨と懺悔との美しい涙が。
が、信一郎の予期は途方もなく裏切られてしまった。一時動揺したらしい夫人の表情は、直ぐ恢復した。涙などは、一滴だって彼女の長い睫をさえ湿さなかった。